腐ってたときの話2

人生物語

土曜日を満喫しているみなさんこんにちは

川崎新太郎です

ブログに見ることができないページが出てきてしまいすみませんでした

どうしたらいいのか分からない状況に発狂していました笑

まだ見れない記事が多くあるのですが2週間以内には復旧されると思います
あとはGoogleさんに見つけてもらえれば治ります(Googleさん早めにお願いします)

今回は前回の続きを書いていきます

前回をまだ見ていない方
よろしければ先に前回のブログを読んでみてください

それからのつづき

前回、実家に帰って練習していたところまで書きました

実家での練習は、部の活動に比べて環境面で難しいことが多くありました

練習環境ではコースをとることが難しく、給水でも苦労しました

サボろうと思えばサボれる状況なので自分でコントロールするしかなくなります

父親は「せっかく実家にいるから休んでてもいいんやぞ」って言ってました笑

こんな父親だから練習をちゃんとやっていた面もあるかも知れません

もし「ちゃんと走れよ」とか言われていたらどうなっていたでしょうか笑

やっていたとは思いますが嫌々やっていたかも知れません

そんなこんなで練習をしており、この頃から少しずつ走れるようになってきていました

夏の最後の合宿から合流予定でそろそろという時期に差し掛かったとき、今度は足を痛めてしまいました

腓骨筋への負担からかかとの内側が痛くなり接地できない状況になりました

これはやってしまった…と思いました

せっかく信頼して帰省させてもらったにも関わらずこんな状況で部に戻るのかと

せっかく良くなったと思ったのにまだ呪縛の中にいました

それから 合宿合流

怪我をしたまま合宿に合流しました

正直、こんな状態で合流することは申し訳ないという気持ちしかありませんでした

この年は主に花田さんに見てもらっていたのですが、花田さんに泥を塗るようなことをしてしまったなと思っていました

ただ、この時も花田さんは特に変わった様子なく、笑っていつものように接してくれました

今思うとこのときの花田さんに対する思いがこの年の後半走ることができた要因だったと思います

この合宿は花田さんと筋力トレーニング合宿になりました

これまでの人生でこんなに筋トレをしたことはありませんでしたし、これからもないでしょう笑

帰ってから血液検査があったのですが、筋疲労の状態を計るCKが肉離れをしている並の3000という数値をたたき出し、これは走っている選手含め誰よりも高い数値でした

僕が暗闇にいたときの矢野

それから 帰ってきて

合宿から帰ってきて、怪我の具合が良くなったのが箱根駅伝予選会の前の週でした

もちろん予選会には間に合わないので、本戦に向けて練習することになりました

このときはほとんど一人で練習していました

このときの練習も前期と同じように感覚ベースでした

ペースが予定していたものと違っても練習前に持って行きたいと思っていた感覚で走ることを優先していました

3月くらいから監督と話すことはほとんど無くなっていたのですが、このころからよく監督室に行き、今の自分には何が足りないか、どうしていったらもっと良くなると思うかを週に1回くらい聞くようになりました

監督の意見は自分と違う角度からなので凄く参考になりました

3月に「今の現状に満足しています」と直接言い放った僕に対し、見放さず、親身に話し合ってくださいました

それから 選考から本戦

僕の選考レースになったのは学連の10000mでした

ここで走ることができなかったらメンバーに選ばれることはないというレースでした

【頑張れ中大】10000m記録挑戦会 10組 二井・安永・川崎 2018.11.24 – YouTube

これがそのときの動画です

前半から離れる展開になってしまいほとんど単独で走るという記録会の意味を壊滅状態にしたレースになってしまいましたが、どうにか選考にかかるレースになりました

レース後花田さんと話したとき、あまりにも前半で離れたのでヒヤヒヤしたと言われました笑

この時期あたりから調子も戻り、本戦に向かっていくチームに合流していきました

戻ってすぐ、今までの環境と違うことから1度調子を落としましたが、本戦は10区を走らせていただき区間6位で走ることができました

やっと腐っていた時期から抜け出すことができました(^_^)

2年時の箱根駅伝

学んだこと

この年は1年のほとんどがしんどい時期になりました

ただ、この年から得られたことは大きかったです

今までは、この環境で走れなかったら見放されると思っていました

もちろん勝負の世界なので、基本的に見放されます

ただ、見放さずにいてくれる人もいてくれて、本当に大切な人がどんな人か知ることができました

この年は花田さんとマンツーマンでやってきたので、感謝してもしきれません(花田さんが解任されたら辞めると言ってました笑 そんなことさせてくれないと思いますが笑)

応援している方は走っている自分を応援してくれている訳で、走れていない自分に興味がないことは当然なのですが、前期の全く走れなかった記録会のあとに7716chuo(上の動画提供していただきました)さんから温かい言葉をかけていただいたことは印象深いです
ありがとうございました

 

本当にはまってしまっているときは何をやっても上手くいかないということも学びました

上手くいかないとやっていることが間違っているのではないかと思い、違うことに手をつけてどんどんこんがらがっていきます

本当に何をやっても裏目にしか行かなくなりました

この経験から、上手くいかない時期にも焦らずに今やるべきことを明確にこなしていくことの大切さを学びました

4年も上手くいかない時期がありましたが、焦ることなく積み上げられたのはこの2年時があったからです

あと、周りで上手くいかない人がいても、それを簡単にこうしたら上手くいくなんて簡単に言えないことも学びました

そんなに優しくないですが、この経験で多少は優しくなれたかも知れません笑

最後に

2回に渡る長い記事にもかかわらず、最後まで読んでくださりありがとうございます

みなさんにも、何やっても上手くいかない時期があった人はいると思います

僕もこれ以前にはこのような状況になったことはなく、上手くいっていない人を見ても、こうしたら上手くいくのにと簡単に考えていました

でも、本当に上手くいかないときは、何を変えてもなかなか上手くいかないものだと言うことを教えてくれました

陸上競技を多少知っているだけの小童なので、わかりきったように言うことはできないですが、僕の場合は、今すべきことに集中して取り組むことが解決するために必要なことでした(2年の後半が1番部屋が綺麗でした笑)

当時、走り方だったり、トレーニングを変えたりいろいろ試しましたが、陸上競技の問題なのに解決するために必要なことは陸上競技以外にあったりします

今、上手くいっていない方、そのほかの方もこれから上手くいかないときが来てしまうかも知れません

そんなときに少しでも役に立てれば良いなと小童が言っております

「腐っていたときの話」を最後まで読んでくださりありがとうございました

次回は、大好きな本の紹介をする予定です

今後ともよろしくお願いします(_ _)

 

 

 

 

大学駅伝 決算号
「C」の苦労人です笑
是非読んでみてください!

コメント

  1. まっくん より:

    遅くなりましたが、2回分読み終わりました。

    川崎くんのようなことは他の選手にも実際に起こっていたり、期間もそれぞれだと思いますが、どうやって乗り切ったかというところに、いろいろ考えさせられるものがありました。

    • ありがとうございます
      どんな選手にも多かれ少なかれあるのではないかなと思います
      ただただ順調に行くよりもそんな時期もあるから面白いということもあると思います